戯言日記

日常についての備忘録

MBTIタイプの人口分布から見る日本人の傾向について

以下は、日本と世界におけるMBTI各タイプの人口分布の割合その転載である。

このデータを見てみると日本人の大まかな特徴が見えてくるので、今回はそれについて語りたい。

  日本 世界
ISFP 23.30% 不明
ISFJ 14.79% 13%
ESFP 12.77% 不明
ISTP 9.9% 5%
ISTJ 7.69% 13%
ESFJ 7.47% 12%
INFP 5.51% 4%
ENFP 3.71% 7%
ESTP 3.68% 4%
ESTJ 3.05% 11%
INTP 2.85% 3%
INFJ 1.61% 1%未満
INTJ 1.2% 2%
ENTP 1.1% 3%
ENFJ 0.94% 2%
ENTJ 0.41% 3%

 

まず、パッと見て分かるのは人口分布がかなり偏っているということだ。

特に人口上位6タイプで全体の75%を占めているというのは驚きだ。

しかも、この6タイプの中にはNタイプ(直観タイプ)が存在しないというのも特筆すべきことだ。

日本における直観タイプの全体に占める割合はわずか18%程度である。

このことから日本人は物事の直観的な理解や抽象的な把握が苦手であると言える。

また、その他の傾向については、全体としてやや内向的で感情的、どちらかと言えば柔軟という事になる。

 

人口が多いタイプだけでなく、少ないタイプも把握しておこう。その傾向から日本人の苦手とするものが見えてくるはずだ。

まず、一番少ないのはENTJ、それにENTPでこれは改革やイノベーションが得意なタイプだ。ディベートのような討論にも強い。

ENFJはヒーローのようなタイプで、INTJは戦略家のタイプである。

INFJは思想家タイプで世界、日本ともに絶対数が少ない。

INTPは学者タイプだが、これも世界、日本ともに割合に大きな差はない。

差があるのはESTJでこれは典型的な正義感が強いリーダータイプである。

ENFPは他分野に興味を持つことが多いジャーナリストに多いタイプである。

 

これら全てをまとめると以下のような傾向が見えてくる。

それは、基本的に大人しく、優しく、柔軟であるが、直観的な本質的理解が苦手で、イノベーションや戦略、リーダーシップ、ジャーナリスト精神に欠けるところがあるという日本人の典型例である。

こういった傾向はおそらく島国であるという日本の環境による遺伝的形質の淘汰の結果である可能性が高い。

出る杭は打たれるということわざにあるように、狭い島国で米作りという単一の社会を続けていくには上で挙げたような日本人が苦手とする要素はむしろ邪魔だったのだろう。

幸か不幸かそういった邪魔な要素を受け継いだ彼らは数千年の時を経て排除され、遺伝子を残すことができなかったと考えられる。

それに対して大陸という広い世界で多様な環境で生活していた世界の人々は、日本人より多様な遺伝形質が保持されているというわけだ。

 

これらのことは日本の歴史にも色濃く影響を残している。

江戸時代における鎖国と日本文化の醸成が最たるものだが、その後の明治維新もそのあり方は実に日本らしいと言える。

つまり、西洋文明の持つ精神性は取り入れることなく、その文明の成果である技術や考え方だけ日本人に適した形で取り入れたのだ。

当時日本人は西洋人に憧れたのだろう。そして彼ら西洋人と同じ事をしたいと思った。

その結果が明治以降の歴史につながるのだが、しかし、そうしたことが日本人がいかに自らの国民性を理解していなかったかを物語っている。

日本人はそもそも遺伝的に国際競争力が低いのだ。上で述べた日本人の典型的特徴はそれをよく示している。

そんな日本人で構成される日本という国家が西洋を表面上真似てもそうそう上手く行くものでもない。

結果として、一部例外はあっても、長い目で見れば日本人の幸福度合は決して高くはなっていない。

 

現代の日本社会における問題点をこのような観点から捉えると、日本人の幸福度が低い原因は資本主義などの西洋から取り入れた制度や社会の価値観、風潮と日本人の遺伝的気質とのミスマッチにあると言える。

この場においてそのミスマッチの解決策は二つしかない。

一つは日本人に適合した社会制度を模索して適用する事である。もう一つは日本人の遺伝形質を社会の方に合わせる事である。

それはつまり、海外の人々と積極的に交わる事により日本人に欠けている性質を遺伝的に取り込むことであり、それによって日本人は世界の人々に負けない国際競争力を獲得することができるのである。

日本人の特徴からくる保守性はこのような考えを否定するだろう。だが、日本人に適した社会を模索するとは日本という国の国際競争力の低さを容認するということであり、どちらの選択が日本の未来に資するかは、少なくとも私から見たら明らかではある。