戯言日記

日常についての備忘録

いじめの本質と解決方法

いじめというものが社会問題になって久しい。

いじめというものを解決して社会から消し去るにはいじめというものをなるべく正確に理解する必要がある。今回はその本質に迫ってみるとしよう。

 

そもそもいじめの本質とは何かということだが、それはある人間が他人を攻撃するという事実の一つの側面である。他人を攻撃する理由は快楽のためかストレス発散のどちらかであることが多く、いじめとは人間のストレス反応の一種と言えるだろう。つまり、人間はストレスを全く感じていなかったら他人をいじめることはないだろうということが言える。しかしながら、世の中にはいじめられる方にも原因があるとよく言われる。これはいじめられっ子が抱える何らかの要素がそれ自体いじめっ子のストレス原因になるということである。

 

これらの関係性を理解するにはよりミクロな視点で考えてみると分かりやすい。社会や集団は人間の群体であり、人間は細胞の群体である。ここではよりミクロな視点として細胞同士の働きを見てみよう。実は人間の体内では日々癌細胞が生まれている。それらの細胞は他の細胞により常に処理されている。その方法は癌細胞を排除するというハードなものと癌細胞を普通の細胞に戻すというソフトなものの2種類に分けられる。そもそも癌細胞とは何であろうか?全ての細胞にはそれぞれ果たすべき役割というものがあるが、癌細胞とは自らの役割を忘れた細胞のことだ。そういった癌細胞は放っておくと群体にとっての不健康につながり、最終的には群体の死を招くので、周りの細胞により速やかに処理されるということである。また、周囲の細胞自体に問題が生じて、他の正常な細胞を癌細胞として認識してしまうということもあるだろう。この場合にもその異常が生じた細胞が他の細胞を攻撃する。こういった関係性が細胞レベルにおけるいじめの本質である。つまり、集団という観点から見ると、ある人間が他の人間を癌細胞だと認識してそれを攻撃するのがいじめの本質である。いじめられっ子は人間として何らかの機能不全を起こして不健康な状態にあるか、そのように周囲から認識されているために攻撃の対象になるのである。そこにはいじめっ子に問題が生じた場合と、いじめられっ子に問題が生じた場合、それに両方に問題が生じた場合の3通りが考えられる。

 

いじめっ子に問題が生じた場合とはいじめっ子が抱える何らかのストレスにより環境の認識に問題が生じた場合を指す。いじめられっ子に問題が生じた場合とはいじめられっ子が抱える何らかのストレスによりいじめられっ子自体に問題が生じていてそれが周囲から認識された場合を指す。そして、細胞レベルでその役割を果たしていないと認識された細胞が他の細胞に処理されるのと同様に、人間レベルでもその社会的役割を果たしていないと認識された人間は周囲の人間によって処理されるということである。

 

このように考えていくといじめの解決方法が見えてくる。それは細胞レベルにおける処理方法から学ぶべきだろう。その方法とはいじめっ子の抱えるストレスを取り除き、いじめっ子の認識を問題が生じないように修正することであり、いじめられっ子の抱えるストレスを取り除き、そのいじめられっ子の認識をそのいじめられっ子に対する周囲の認識に問題が生じないように修正することである。そのためにははいじめっ子といじめられっ子の双方に働きかけることが必要になる。

 

そこで、いじめを解決するために行うべき働きかけとは、それはいじめっ子といじめられっ子のそれぞれの個人が本来持っている社会的役割を認識させることである。それは彼らが自分を知るということであり、社会を知るということでもある。つまり、人間というものを理解するということだ。それは、彼らが自らの社会的役割を自覚し、それを果たすことにつながる。それは自己実現を果たすことであり、それが達成されていればいじめを行う原因となるほどのストレスは社会に存在しえない。

 

なお、現在の日本の教育においては子供の本質的な素質、つまり社会的役割への理解が浅いのでいじめの原因はなかなか無くならない。そういった環境で育った現代の大人も人間の本質についての理解が浅いので社会全体でいじめというのはなかなか無くならない。逆に言えば、次世代の子供達の素質を理解して彼らの本領を発揮させることができれば、その次の世代からはいじめが減少するであろうことが予測できる。そして、どのような偏りや障害があったとしても才能を全く持たない子供は存在しない。そう考えると、社会からいじめをなくす、そのことは決して不可能ではないと考えられるのである。

 

追記)

人が犯罪を犯して社会がそれを裁くのもいじめの一種である。そう考えると、どうすれば犯罪がなくなるかを理解するのはそう難しいことではない。